2023年10月22日(日)基礎力養成コース第7回メインレクチャー、サブレクチャーを行いました。

 2023年10月22日(日)、静岡大学未来の科学者養成スクール(FSS)は基礎力養成コースの第7回目講座として対面でメインレクチャー、サブレクチャーを行いました。

 今回のメインレクチャーはグローバル共創科学部 平井浩文先生による「キノコが地球を救う!- バイオリファイナリーとバイオレメディエーション -」です。バイオリファイナリーとはバイオマスを原料にバイオ燃料や有用物質を作り製造する技術、バイオレメディエーションとは微生物等の働きを利用して汚染物質を処理し土壌や地下の環境汚染を浄化する技術のことです。

平井先生は白色腐朽菌というキノコを研究しています。キノコが栄養にする樹木、その木質部分はセルロース、ヘミセルロース、リグニンといった物質でできています。多くのキノコはリグニンを分解できないため、そのようなキノコが感染した木質はリグニンの色、つまり、褐色を呈します。一方、白色腐朽菌はリグニンを分解できるので感染した木質は白色になります。

メインレクチャー講師の平井先生


 
 話は白色腐朽菌を活用した応用に移ります。化石燃料に代わるものとしてバイオ燃料が注目を集めています。植物を原料にするため、炭素循環型社会の構築に貢献するからですが、トウモロコシやサトウキビといった穀物が多く使われています。世界の人口は2050年には90億人に達すると予測され、食糧確保の観点からは決して好ましくありません。そこで食されない木質バイオマスの出番です。まず木質のリグニンを分解してセルロースだけにし、それをグルコースに分解して、そこから発酵で燃料となるエタノールを作るというプロセスです。そして、白色腐朽菌は、このプロセスすべてに貢献し得るというのです。

 次に、平井先生はご自身の研究成果を説明していきます。遺伝子工学を使った白色腐朽菌の改良や培養条件の検討により、ワンステップでエタノールや水素などを作り出しことに成功。中でも水素は次世代燃料の筆頭格です。通常、水素は嫌気的な条件でしか製造されないのですが、酸素存在下で製造できたのは世界初とのこと。さらに、乳酸の製造にも成功。乳酸は環境にやさしい生分解性プラスチックの原料です。平井先生は森林コンビナート構想を熱く語ります。森林でロボットが木を伐採、それを森林に設置した白色腐朽菌バイオリアクターで処理することで、燃料と生分解性プラスチックを生産するというのです。国土の70%が森林である日本。白色腐朽菌によるバイオリファイナリーに受講生たちの夢が膨らみます。

写真左が白色腐朽菌によって木の成分が分解された様子


写真左は高活性リグニン分解菌によりブナ木粉が分解された様子

19世紀は化学の世紀、20世紀は物理の世紀といわれていました。化学の技術により、無数の人工化学物質が生産され生活は豊かになりましたが、環境汚染という負の遺産も残しました。白色腐朽菌は環境浄化にも有効だと言います。平井先生は、開発した白色腐朽菌の株が、環境ホルモンであるビスフェノールAや農薬であるネオニコチノイドの低毒化をすることを発見。これらはリグニン分解酵素の働きによると言います。バイオレメディエーションは安価で環境調和型。最後は、白色腐朽菌は地球環境を浄化するという言葉で講義を締めくくりました。

講義の後も受講生の興奮は冷めません。次々と手が上がり8人が質問。中には2回も質問した受講生もいました。どんな質問に対しても、平井先生は丁寧に答えてくれ、受講生は満足そう。休憩時間にも数人の受講生が平井先生を囲んで質問攻めに。受講生の興味・関心が引き出された講義でした。

講義終了後には、次々と質問が続いた。

サブレクチャーはFSS事務局の谷俊雄先生による「科学コミュニケーションへの招待 – 科学者と社会をつなぐスキル – 」です。科学コミュニケーションはサイエンスコミュニケーションとも呼ばれます。文部科学省のウェブサイトには、「科学のおもしろさや科学技術をめぐる課題を人々へ伝え、ともに考え、意識を高めることを目指した活動です」とあり、「研究成果を人々に紹介するだけでなく、その課題や研究が社会に及ぼす影響をいっしょに考えて理解を深めることが大切です」と、その意義が書いてあります。つまり、科学や科学技術の専門家には、非専門家に対して科学的なトピックや考え方を伝えることが求められるのです。しかし、学生時代から学究の道に入り、アカデミアで育った専門家にとって、非専門家にわかるように説明するのは至難の業です。そもそも、そのような教育を受けたこともないのですから。

FSSでは、未来の科学者・技術者が科学コミュニケーションの意義を理解し、スキルを身につけてもらう目的で今回の講義を行いました。講師の谷先生は静岡科学館「る・く・る」の次長を務めていた、科学コミュニケーションの専門家です。受講生は5-6人ずつのグループに分かれて受講しました。

紙芝居の要領で、メインレクチャーの内容を説明する

最初に示されたのは、FSSで育成する力「科学を社会の課題につなげる力」です。これを意識させることが今回の狙いの一つ。最初のお題は、今日のメインレクチャーの講義の内容を2分間で説明すること。まずトピック文だけを書いた紙を3-5枚作ります。次に、紙芝居の要領で、トピック文を見せながら内容を口頭で説明するのです。これをグループごとに順番に行いました。冷静に説明する受講生、四苦八苦する受講生、さまざまでしたが、他人にそれも短時間で科学の内容を説明することの難しさを全員が実感したようでした。

アイスブレークが終わったところで、次のアクティビティーに移ります。今度は思考実験。この教室にいる受講生全員が無人島に漂流したとして、そこで生活する基盤をどのようにして作るかということをグループごとに考えます。時代は16世紀。500年前のある日、受講生が乗った船が北半球にある温暖な島に流れ着きます。淡路島くらいの大きさ、島の中央には小高い山があり、山の北面は切立った崖。島の西南、山裾には小動物の棲む森林があり水源になる湖がある。島の東南には平野が広がり、水源として利用可な泉がある。そして、島の南には浜辺が広がっているという地形。考える観点としては、基礎科学的な調査、技術的な応用、社会制度の整備の三つが示されました。

無人島での生き残り戦略を立てる。

受講生達は、机の上に置いた書き込み用の白シートに島の地図を描き、そこに思いつくことを次々と書いていきます。獲物を得るための弓矢や釣り針、畑を作る農具、住む家を作る木材の調達、浜辺での塩田、崖を使って動物を狩るというユニークなアイディアも。考えが出揃ったところで、グループごとの発表をしました。食糧を公平に分配する制度、役割分担を決める、貨幣を導入するといった社会制度へ言及が多かったという印象。さらに、情報共有のための方法についての提案は、情報化社会に生まれ育った世代の発想です。つい見落としがちな視点だけに、かつては高校生だった大人達から感嘆の声が上がりました。

自分たちの戦略と、現代の科学研究や技術開発を結び付けて発表する。

講義の最後に、漂流から500年後の現代の島の姿が示されます。風光明媚な浜辺は観光用に開発され、島の経済に貢献しています。しかし、過去に大きな津波がきたという痕跡が発見され、防潮堤を作ることになりそうです。安全のための防潮堤は、島民の生活や経済に大きな影響を及ぼします。島民としてどう考えますか?という課題が出されました。これは宿題として受講生が持ち帰りました。どんなアイディアが出てくるか楽しみです。

住み慣れた島に、過去の災害の痕跡があった。君たちはどうする?

本日のメインレクチャーとサブレクチャー。受講した次世代から、将来、社会課題の解決に切り込む研究に挑戦する科学者・技術者が育つ、そんな予感を抱かせてくれる本日の講座でした。