2023年12月16日(土) 研究力発展コース アントレプレナーシップ講座第3回目を実施しました。

 静岡大学未来の科学者養成スクール(FSS)では、研究力発展コース(第3段階)の受講生を対象に第3回目のアントレプレナーシップ講座を実施しました。会場は前回と同じ静岡大学静岡キャンパス理学部大会議室です。今回のテーマは「アントレプレナーシップワークショップ 〜起業プロジェクトの立案〜」です。

 11月5日に行われた前回では、受講生が3つのチームに分かれ自分の研究を社会実装するアイディアをチーム内で発表しました。その後チームの代表となるアイディアを一つに絞り、チームを会社に見立てて起業プランを検討しました。その話し合いの中で、プロジェクトを立ち上げるために必要な情報を洗い出し、約1ヶ月の間に情報収集を行いました。

 今回は、チームリーダーが作成した叩き台に、メンバーが持ち寄った情報を加味して1つの企画にまとめ上げ、その起業プランの発表を行います。今回も助言者として、5名の講師にご協力いただきました。

Aチーム講師:株式会社サンファーマーズ        稲吉正博 氏
Bチーム講師:スター精密株式会社           出野勝也 氏
Cチーム講師:株式会社イシダテック          石田尚 氏
プログラムへの助言:公益財団法人 静岡県産業振興財団 西沢良和 氏
          公益財団法人 静岡県産業振興財団 兼子知行 氏
 
【Aチーム】
 Aチームはテナガエビを使って水質を監視するシステムを開発する会社を起業することにしました。テナガエビは水質環境に敏感で、死ぬと体色が変化します。そのことを使って水質に異常が起こったことを警告する装置を作ろうというアイディアです。講師からの指摘は「そもそも起業プランのプレゼンを誰に聞いてもらおうと想定しているのか?」でした。購入者なのか、出資者なのか、立場によってアピールするポイントが異なってきます。さらに「どうやって稼ぐのか?」と厳しい質問が突きつけられます。商品を売ることだけでは十分な利益が期待できないことが分かり、特許やメンテナンスを含めた事業を構築することになりました。物を作って売ることだけを考えていた高校生にとって、全く異なる視点を獲得することになりました。

講師から「どうしたら買いたいものになるのか?」と質問が続く

【Bチーム】
 Bチームは昆虫の糞から肥料を作り販売する会社を起業することにしました。昆虫食が注目される中、その飼育の過程で出る排泄物を有効利用しようというものです。化学肥料、有機肥料など様々な選択肢がある中で、問題はどのぐらいの市場があり、自分たちの製品はどのぐらいのシェアを獲得する可能性があるかということです。講師からは「大量生産では化学肥料に敵わないとすると、どこにターゲットを絞るのか?」というプランの根幹に関わる質問がなされました。高校生たちは、様々なデータを見比べながら、世界レベルで市場の推移と社会情勢を分析していきます。食糧問題や農業生産技術は、私たちが直面する世界的な課題です。一方、有機肥料の需要が伸びるなど食の質への関心も高まっています。自分たちの研究に対するアイディアだけなく、世界を俯瞰した広い視野が必要になることが実感できました。

製品を多くの人に利用してもらうために、流通の仕組みを検討する

【Cチーム】
 Cチームは自分たちが取り組むチタンの電解酸化の研究で、高い再現性で表面を目的の色に着色できるようになったことから、この技術を使った会社を起業することにしました。「その製品を使うことで顧客にどのような体験を提供できるのか?」「顧客はいつ欲しいのか?」「どのような戦略でそれを顧客に届けるのか?」と、講師と熱い議論が交わされました。チタンで作られた金属製品は耐久性が高く、タフなイメージをアピールすることが可能です。一方で原材料費が高くなること、加工が難しいことが製品の価格に反映されてしまうことがデメリットです。それでも商品あるいはサービスとして利益を生み出すためには、どのようなビジネスモデルを提案したら良いのかが議論のポイントとなりました。製品のスペックだけでなく、どのような場面で使われる製品にしたら良いのかを議論した高校生たちは、私たちの生活の場面を思い描くことの重要性を知る機会となりました。

価格が多少高くなっても使ってみたいと思われるサービスについて、イメージ戦略を議論する

 活動の後半は、各チームでまとめた起業プランのプレゼンテーションです。今回のワークショップに参加したA〜Cの3チームの受講生、各チームを指導した講師、FSSを担当する静岡大学の教職員全員が1カ所に集まり、発表を聞きます。各チームの発表後には講師からの質問に答えます。

【Aチーム】
 Aチームの提案の特色は、水質の変化に敏感なテナガエビをセンサーとして用いることで、検出が義務づけられていない物質による環境変化をいち早く検出できることです。この発表に対して、テナガエビの変化の原因が環境変化によるものか、飼育方法や飼育期間によるものかをどうやって見分けるのかという質問が出ました。一方で、水質変化に敏感な生物が生きていられるほど安全な水であることをアピールできれば、食品産業への訴求力が生まれるのではないかという、視点の異なる助言がなされました。

Aチームの発表の様子。企業の皆さんの厳しい目が注がれる


Aチームは、製品とサービスをパッケージ化し、起業までプロセスを提示した

【Bチーム】
 Bチームの提案の特色は、農業に対する肥料供給の純国産化を目指そうというものです。特に環境意識への高まりから、有機栽培農家の需要増加を見越し、品質の差別化やブランド化を図ることが提案されました。これに対し、講師からは需要増加に見合う生産量を確保できるのかが問われました。製品の生産量を想定し、原料となる昆虫の飼育期間や飼育に必要な設備などの規模感をイメージすることが、実際の起業をする場合に必要になるとの指摘がありました。

Bチームの発表の様子。日本の農業問題に挑むユニークな提案


Bチームは、肥料の市場規模、流通のシステムなどのデータを元にプランを構築した

【Cチーム】
 Cチームは、アクセサリーやめがねによって多様な自己表現を実現したいというニーズに応えるため、インターネットでデザインを発注し、様々な色にチタンフレームの製品を着色するという提案です。もの作りではなく、コト作りの要望を満たすビジネスモデルとしたところが特色です。このビジネスモデルの実現には、原料や技術のコストを価格にどう転嫁するかが課題であることが講師から指摘されました。チタン以外の金属で着色できないのか、酸化皮膜を作る別の方法がないのか、新たな研究テーマにもつながる助言がありました。

Cチームの発表の様子。自分たちが研究で確立した技術を用いて事業化を試みる


Cチームでは、モノの消費ではなく、コトを商品化した提案が出来上がった

 3つのチームの発表を終えて、各講師から感想や助言を頂きました。「他に研究例がない革新的なアイディアは、何もないところからの開発ではあるが、その分競争相手が少なく有利である」「研究の社会実装には、どんな人のどんな困りごとを解決するのかという具体的なストーリー作りが必須である」「前回のアイディア作りから今回の提案までの間に、プロトタイプをつくり、それを提示しながらプレゼンテーションをすれば、もっと説得力があった」など、アントレプレナーシップを学ぶ上で重要な要素を受講生たちに伝えて頂きました。

 この2回のワークショップを実施するにあたり、次の5項目の目標を掲げました。
①地球、国際社会、地域社会、人間生活を視野に入れた議論を行う。
②科学や技術の社会実装に必要なプロセスを理解する。
③既存の視点や価値観にとらわれない新たな研究の価値を発見する。
④不確実性の高い社会課題に対し、オープンエンドな問いを考え抜く姿勢を持つ。
⑤未来の科学者、技術者がとる行動に、新たな可能性があることを知る。

 講座終了後、受講生の振り返りレポートには、この5項目に対応した問いが課されました。「これからの科学者に必要な資質」という問いについて次のような意見が見られました。「発展に柔軟に対応する能力や対話を深めることで協力し、より良い解決策を見つけ出す能力も求められると考える。」「自分の研究の汎用性を理解しさまざまな活用方法を見出すことができる創造力や自分の研究の展開の仕方の選択肢をたくさん持っておく力が重要だと思う。」「科学者や技術者には開発している科学技術が今後社会にどんな影響をもたらすか負の結果を含め想像できる資質が求められていると思う。」本気で向き合っていただいた講師の皆さんの厳しい指摘に応えながら、受講生の深い学びがあったことが分かりました。

<今回の講座に協力していただいた方々のご紹介>
株式会社サンファーマーズ 代表取締役 稲吉正博 氏
https://aoi-forum.jp/members/3296/
スター精密株式会社 開発本部 事業開発部長 出野勝也 氏
https://star-m.jp/
株式会社イシダテック 代表取締役社長 石田尚 氏
https://www.ishida-tec.co.jp/
公益財団法人 静岡県産業振興財団
開発支援チーム 技術コーディネーター 西沢良和 氏
開発支援チーム 技術コーディネーター 兼子知行 氏
http://www.ric-shizuoka.or.jp/
公益財団法人 中部科学技術センター
http://www.cstc.or.jp/