2024年9月16日(月・祝) 研究力発展コース アントレプレナーシップ講座第3回目を実施しました。

 静岡大学未来の科学者養成スクール(FSS) 研究力発展コース(第3段階)では、2024年9月16日(月・祝)に受講生を対象にアントレプレナーシップ講座の第3回目を実施しました。当日は浜松ホトニクス株式会社中央研究所(浜松市浜名区)を会場として、浜松ホトニクス社が支援する起業家や光産業創成大学院大学の経済学者のお話を直接お聞きしながら、「起業家の行動様式と意思決定」について考察を深めました。
今回の講座は以下のようなスケジュールで進行しました。

1.浜松ホトニクス株式会社および光産業創成大学院大学の紹介(10分)
2.株式会社浜松ホトアグリ 山田万祐子社長講義
  およびアントレプレナーシップをテーマとしたグループワーク(90分)
3.光産業創成大学院大学 増田靖教授(経済学)講義(30分)
  「起業家の行動様式と意思決定『エフェクチュエーション』」
4.グループワーク「起業家の行動分析」および発表・ディスカッション・講評(20分)
5.浜松ホトニクス株式会社研究者との交流会(60分)

1.浜松ホトニクス株式会社および光産業創成大学院大学の紹介

 講座を始めるにあたり、浜松ホトニクス株式会社 中央研究所連携推進グループの東城司氏より、浜松ホトニクス社および光産業創成大学院大学を紹介して頂きました。
 浜松ホトニクス社は、1953年堀内平八郎氏が「浜松テレビ」の社名で創業しました。同社は光を電気信号に変換して検出する光電管の製造を行う企業としてスタートしましたが、現在では、光情報処理・計測分野、健康・医療分野例、光バイオ分野他に用いる「受光」と「発光」に関わるデバイスの開発を通して、世界の基礎研究や応用研究の発展に貢献する企業に成長しました。

浜松ホトニクス社の東城氏が、浜松ホトニクス社と光産業創成大学院大学の紹介を行った。

 一方、光産業創成大学院大学は「光技術を中心としたニーズとシーズの融合による新産業創成」を建学の精神とし、浜松ホトニクス社および産業界の支援で2005年に開学しました。同大学は、「起業」による実践的な教育を通して、光技術を利用した新しい価値の創出を行い、日本の将来の基幹産業となるべき新産業の創成を目指しています。

2.株式会社浜松ホトアグリ 山田万祐子社長講義、およびアントレプレナーシップをテーマとしたグループワーク

 株式会社浜松ホトアグリ社は、2005年、当時浜松ホトニクス社員であり光産業創成大学院大学の学生でもあった山田氏が起業しました。同社は浜松ホトニクス中央研究所の敷地内に研究農場を持ち、光技術を応用しながらサラダ用野菜を製造、販売している企業です。今回の講座では、山田氏が浜松ホトニクス社に就職し、浜松ホトアグリ社を起業し現在に至るまでに経験した3つの大きな分岐点に焦点を当て、受講生自身が当事者であったらどのような行動を選択するかについてグループ討論を行いました。

浜松ホトアグリ社創業の経緯について、山田社長からお話を聞いた。

 受講生は3つの班に分かれ、山田氏の起業から現在に至る経緯についての講義を聞きながら山田氏が岐路に遭遇した場面で立ち止まり、グループごと「自分だったらどう行動するか」をホワイトボードシートに書き出し、班内で共有し、全体に発表しました。これを時系列に沿って3回繰り返しました。

(1)<岐路1>海外体験の夢と体調の急変

 山田氏は、大学農学部に在学中、農業実習のためアジアの国々に出かけていました。就職後も海外での農業指導の機会を探る中、海外青年協力隊への参加を認められました。しかし、体調の急変に見舞われ、海外青年協力隊を辞退するかどうかの決断を迫られました。受講生たちは、自分だったらこの場面でどうするかについて意見を出し合いました。

 受講生たちの話し合いの中では、限られた機会なのだから積極的に海外に出るべきだという意見が多く出ましたが、せっかく希望する会社に入ったのだから職の安定という意味でも日本に残った方が良いのではないかという意見も見られました。

(2)<岐路2>害虫被害と光技術の応用

 日本で会社に残ることを決めた山田氏は、2005年に設立した光産業創成大学院大学に進み、仕事の傍ら起業について学ぶことになりました。そこで、大学が求める起業実践の一環として、浜松ホトアグリ社を起業し、企業経営を通して日本農業への貢献を志すことになりました。同社は、最先端の光技術を導入しながら付加価値の高い作物を生産する技術支援の事業化を目指しました。しかし、一般農家のニーズがありません。また、自身の研究農場では害虫被害にも遭い大きな損害を被ることになりました。ただ、このように壁に突き当たる一方で、光で害虫を防除する技術を確立することができました。そこで山田氏は、これからの経営方針に迷う場面に立たされます。

 受講生のグループワークでは、発見した新技術を自分の会社に活かし生産力を上げる、新技術で特許をとり商品化する、起業した会社を浜松ホトニクス社の子会社化し共同研究するなど、多様な意見が出てきました。

浜松ホトアグリ社の起業にまつわり、岐路に立たされた時の判断について、受講生自身の考えを書き出した。


会社経営でトラブルに遭遇した時の対応について、受講生自身の考え方と山田社長の考え方を突き合わせた。

(3)<岐路3>害虫抑制技術の事業化と農業の両立

 光による害虫防除の技術は特許を取得し、集合住宅への活用などに注目した他業種からの依頼も来るようになりました。しかし、新規事業の開拓で資金も底をつき、研究農場も荒れてしまう事態に陥りました。山田氏は、自分が本当にやりたいことは何なのだろうと自問自答をすることになりました。

 グループワークでは、受講生たちも自分のことのように自問自答します。受講生たちは、山田氏の半生を自分ごとのように捉え、遭遇した場面で考えられる選択肢を発表し疑問をぶつけ合いました。3つ目の岐路の場面では、新技術の特許を資金源にして農業に専念するという意見がほとんどを占めました。

班で討議した結果をまとめ、発表した。


講義、グループワーク、発表、討議が繰り返された。


 
 山田氏の浜松ホトアグリ社は、その後光技術を導入しながら、安定した利益が出る経営が確立されていきました。また、障がいのある方たちが農業生産を通して社会参加、農業研究への参加を目指す企業として特色を発揮しています。浜松ホトアグリ社の起業を追体験した受講生たちは、山田氏の生き方に共感したり、浜松ホトニクス社から農業のために提供された技術に興味を持ったりと、休憩時間に入っても質問が続く場面が見られました。

浜松ホトニクス社が開発した植物の葉の発光を捉える技術と、生物学の光合成の研究との関係を知る。


自分の進路を山田社長に相談する受講生。

3.光産業創成大学院大学 増田靖教授(経済学)講義
  「起業家の行動様式と意思決定『エフェクチュエーション』」

 山田氏の起業実践と行動分析のワークショップを受け、グループ討議の後半では光産業創成大学院大学の増田靖教授を講師に招き、アントレプレナーシップの基礎理論を学びました。起業家の行動様式と意思決定の理論として、2008年にアントレプレナーシップの研究者Sarasvathy氏によって提唱された「エフェクチュエーション」が増田先生から紹介されました。次に、このエフェクチュエーションの理論に基づく5つの行動原則を、先ほどの山田氏の行動分析に照らし合わせていきました。

<エフェクチュエーションの5つの行動原則>
①手持ちの駒の原則:既存の手段を用いて新しいものを作り出す行動
②許容可能な損失の原則:許容できる損失を基準とした意思決定
③クレージーキルトの法則:綿密な経過を立てず、あらゆる関与者と交渉していく行動
④レモネードの原則:不測の事態を逆手にとって対応する行動
⑤飛行中のパイロットの原則:様々な人々に働きかけ、機会創造を行う行動

光産業創成大学院大学の増田教授による「起業家の行動様式と意思決定」の講義。

4.グループワーク「起業家の行動分析」および発表・ディスカッション・講評

エフェクチュエーションの5つの行動原則と山田社長の起業にまつわるエピソードを関連づけた。

 受講生たちは、山田氏が起業の過程で遭遇した
  (1)<岐路1>海外体験の夢と体調の急変
  (2)<岐路2>害虫被害と光技術の応用
  (3)<岐路3>害虫抑制技術の事業化と農業の両立
という3つの大きな岐路における意思決定や行動選択と、エフェクチュエーションの「5つの行動原則」①〜⑤を比較しました。それぞれの場面で起業家がどのように判断し、どのように行動するかについて、具体的な事例とともに俯瞰する作業を行いました。受講生たちがまとめた発表に対して、増田先生からは「社会では正解がない、予測できないことに対して柔軟に行動することが必要になる。不測の事態は自分にとってチャンスになると考えよう」とコメントがありました。

 エフェクチュエーションという新しい概念を得た受講生たちは、自分たちのキャリア形成に新たな可能性を感じているようでした。ディスカッションが終わった後には、受講生が増田先生に個人的なアドバイスを求めている姿も見られました。

各班から、少しずつ異なった視点での発表があった。


増田教授の名刺を受け取る受講生。


増田教授、山田社長とFSS発展コースの受講生との記念写真。

5.浜松ホトニクス株式会社研究者との交流会

 ワークショップに続き、浜松ホトニクス中央研究所に勤務する研究者の皆さんと高校生の交流会を行いました。研究所から参加されたのは、女性の研究者2名、男性の研究者1名で、それぞれ異なるテーマを研究されています。

 受講生は3グループに分かれ、1人の研究者につき15分ずつ、ローテーションで話し合いを行いました。受講生が現在取り組んでいるテーマと関係のある分野の研究者もいたため、和やかなか中にも活発な質疑がなされました。

浜松ホトニクス社の研究者の皆さんとの交流。


自分の研究分野の選び方、会社に入ってからの研究の仕方などの質問が相次いだ。


浜松ホトニクス社の研究者の皆さんとの記念写真。

6.まとめ

 受講生の振り返りレポートでは、第3回アントレプレナーシップ講座について、次のような感想が寄せられました。「起業家の方は即決でどんどん新しいことに挑戦していくというイメージを持っていたため、起業家の方は自分にとっては遠い存在だと感じていましたが、たくさん悩むこともあり、たくさん取捨選択をして仕事や私生活を両立されていることを初めて知りました。」「自分がやりたいことについて我慢せずに機会を積極的に得ようとすることも大切だと感じ、それらの機会や経験が多くの人々の協力によって得られているものであることを意識して行動することの重要性も感じた。」「研究者との交流会は、将来の夢の実現において貴重な情報を得ることができた。私自身は、将来研究職につきたいと考えているが、大学(大学院)卒業後、大学で研究を続けるか、企業の研究職として働くかについて、あまり詳しく考える事ができていなかった。今回、実際に企業の研究職の方にお話を伺う機会を持たせて頂いたおかげで、企業の研究職と大学研究の根底にある大きな違いを理解することができ、今後の将来設計の糧とすることができた。」

 このように高校生にとって、浜松ホトニクス社での1日は充実したものであることが読み取れました。新鮮で有意義な体験をご提供いただいた増田教授、山田社長に感謝申し上げます。また、この講座の実現にご尽力いただいた浜松ホトニクス企画部の稲田充代氏、東城司氏および同社研究者の皆様に感謝申し上げます。

<今回の講座に協力していただいた方々のご紹介>

光産業創成大学院大学  https://www.gpi.ac.jp/
光産業創成大学院大学  教授(経済学) 増田 靖 氏
 https://www.gpi.ac.jp/research/engineering/
株式会社浜松ホトアグリ 代表取締役  山田万祐子 氏
            http://www.photo-agri.com/
浜松ホトニクス株式会社中央研究所
            https://www.hamamatsu.com/jp/ja.html