2025年7月12日(土) 研究力発展コース アントレプレナーシップ講座第1回目を実施しました。
静岡大学未来の科学者養成スクール(FSS)では、研究力発展コース(第3段階)の受講生を対象に第1回目のアントレプレナーシップ講座を実施しました。会場は静岡大学静岡キャンパス理学部大会議室です。今回のテーマは「研究成果を社会に送り出す」です。
研究者や科学技術者が自分の研究を世の中に送り出す方法はいくつかあります。
① 学会発表、論文発表、特許取得
② 企業や機関内での製品化、事業化
③ 起業
現在、FSS研究力発展コース(第3段階)に進んだ受講生は、静岡大学の教員の指導の下、研究活動を続けています。一方、研究力養成コース(第2段階)で1月から5月にかけて行ったワークショップ「海外留学生との交流」「放任竹林問題」では、数多くの解決困難な社会課題があることを認識しました。
近年、社会課題の解決方法に自分の考え方を直接投影するために、③の「起業」という選択をする人が徐々に増えてきました。そして起業家の行動原理を表す「アントレプレナーシップ」という言葉が聞かれるようになってきました。文部科学省「全国アントレプレナーシップ醸成促進事業オフィシャルサイト」(https://entrepreneurship-education.mext.go.jp/ 2025年7月30日参照)では、この「アントレプレナーシップ」を「自ら枠を超えて行動を起こし、新たな価値を生み出していく精神」と定義しています。FSSでも、「アントレプレナーシップ」を、必ずしも起業という場面だけで必要とされるものではなく、会社組織や学校、地域社会で改革を行ったり、社会貢献活動を展開したりするときにも必要となるマインドセットと捉えています。FSSのアントレプレナーシップ講座は、問題解決のための知恵を出し続け、科学的な視点に立って思考や判断、意思決定できる人たちを育てるプログラムを目指しています。
第1回アントレプレナーシップ講座に先立ち、受講生には事前課題が課されました。事前課題は、自分が研究で扱っている概念、理論、技術の中から、社会実装に転用可能な要素を抽出し、起業や社会普及のプランを作るというものです。受講生は、何らかの社会課題を想定し、
① 誰の問題を解決しようとするか?
② その人はどのような状況にあるのか?
③ 解決するとどうなるのか?何が可能になるのか?
④ そのために自分ができることは何か?
の4つの観点から課題を整理し、3分間のピッチ(短いプレゼン)を準備しました。
さらに、受講生たちへの助言者として、6名の方々にご協力いただきました。
Aチーム講師:スター精密株式会社 増田充宏 氏
Bチーム講師:NACOL株式会社 杉村健 氏
Cチーム講師:パイフォトニクス株式会社 池田貴裕 氏
プログラムへの助言:公益財団法人 静岡県産業振興財団 西沢良和 氏
公益財団法人 静岡県産業振興財団 山下里恵 氏
(元)公益財団法人 静岡県産業振興財団 兼子知行 氏
いずれも企業の事業開発や経営の専門家の皆さんです。
第1回目の目標は、「自分は何ができるのか?」「自分は何がやりたいのか?」と問いを繰り返すことで、高校生たちの自己理解を深めることです。「研究成果を社会に送り出す」という課題に取り組み、ピッチを行い、講師から助言を受ける中で、研究の過程では気づかなかった視点を見つけたり、自分のキャリア選択に関するイメージにフィードバックしたりと、新たな視点を獲得する場となりました。
当日は受講生がA、B、Cの3グループに分かれ、活動の前半では、一人3分という短い時間で事前課題を発表しました。用意した起業プランをひとりひとりが発表し、発表の後に講師からの質問に答え、提案したプランに関する助言を受けました。

5、6人のグループに、講師が一人ずつつき、討論を行う。
【Aグループ】
Aグループのメンバーは、魚の行動、微生物、昆虫、静電誘導などの研究をしています。起業プランのタイトルは次の通りです。
「養殖バルーンまぐろ」
「てくチャージ」
「新時代のリサイクル!」
「湖を電池にしよう!」
「植物由来農薬」
講師の増田氏は、提案者が「何をしたいのか?」「誰のための提案なのか?」という問いを最初に立て、アイディアを発想していくと、提案内容が定まってくるとの助言がありました。

Aグループ講師の増田氏からは、同じような他のアイディアに対してどんな優位性があるのか、質問があった。
【Bグループ】
Bグループのメンバーは、農作物と肥料、腸内環境、流体力学、金属の表面などの研究をしています。起業プランのタイトルは次の通りです。
「身近な酵素で『整える』」腸活」
「量産可能な高出力 ドローン」
「様々な生物の脳グッズ」
「炭素を、もっと。」
「土づくりアドバイザー」
講師の杉村氏からは、誰のためのアイディアなのか、メリットとデメリットは何かなどが問いかけられ、受講生のプランが、一連のストーリーとして語られるように助言がなされました。

Bグループ講師の杉村氏は、受講生たちの提案に耳を傾け、質問を繰り返すことによって、高校生たちの自己理解を促しました。
【Cグループ】
Cグループのメンバーは、乳酸菌、昆虫、教育問題などの研究をしています。
起業プランのタイトルは次の通りです。
「マッチングのーそん」
「放課後ギフテッドスクール」
「ヨーグルトは農薬になるのか?」
「浮遊光合成微生物の都市との共生」
「ポポー革命」
講師の池田氏からは、プロトタイプを作ることで、提案内容を可視化したり、具体的な課題を見つけたりすることの重要性が伝えられました。

Cグループ講師の池田氏は、高校生たちに何故その提案になったのかを問い、その「なぜ」の繰り返しが必要であると伝えていました。
FSS受講生たちのプランは、自分の研究やこれまでの講座の中で体験したことを元に提案されていることが一番の強みです。ただ、社会に受け入れられる起業プランとするためには「こんな技術があるから、こんなものを作ってみたい」ではなく、「こんなところに困っている人がいて、自分だったらこんな風に解決したい」という発想でアイディアを練り上げる必要があります。
活動の後半は、パイフォトニクス株式会社 代表取締役 池田貴裕氏の講演です。池田氏は、浜松ホトニクス社の研究者として入社後、光産業創成大学院大学の博士課程で学位を取得し、パイフォトニクス社を起業しました。光技術を活かした「光パターン形成LED照明装置」を製品化し、工場などの危険エリアについて視認性を高めるなど、ものづくりの現場での課題解決に貢献しています。2006年に設立した同社は、約20年かけて海外展開できるだけの実績を積み上げてきました。また、新たなアントレプレナーの育成を目指す活動への支援にも取り組まれています。
自ら起業したパイフォトニクス社の理念や事業展開の紹介とともに、「どのようにしてアントレプレナーシップ(起業家精神)を獲得するか?それは『経験』である。その経験を獲得するには?新しいことにチャレンジすることである。」「チャレンジに伴うリスクは、大学院で学んだ経営に関する知識と自らの経験で乗り越えていく」と、起業の実践者ならではの力強いメッセージを、高校生たちに発信していただきました。
また、池田氏のお話の中にあった製品開発におけるプロトタイプの役割や、「小さく始めて素早くPDCAを回す」リーン(lean)スタートアップという概念は、起業という場面だけでなく、これから高校生が歩むキャリアの中でも活かせるものと思われます。

パイフォトニクス社を起業した池田氏から、アントレプレナーシップとは何かについて講義を受ける。

自分たちの提案と比べながら、実際の起業の話に耳を傾ける高校生たち。
受講生たちは、講師の皆さんとの討論や実際の起業家のお話をヒントに、約1ヶ月かけて起業プランの再構築を行います。自分のアイディアの根拠となる情報や統計資料を再調査し、プロトタイプづくりから得られる具体的なイメージや課題をもとにして、より実践的なプランに作り替える予定です。8月23日(土)に行うアントレプレナーシップ講座の第2回目では、作り直した起業プランを受講生が一人ずつ発表します。
<今回の講座に協力していただいた方々のご紹介>
スター精密株式会社 開発本部 事業開発部 部長 増田充宏 氏
https://star-m.jp/
NACOL株式会社 代表取締役 副社長 杉村健 氏
https://www.nacol.co.jp/
パイフォトニクス株式会社 代表取締役 池田貴裕 氏
https://www.piphotonics.com/
公益財団法人 静岡県産業振興財団
新産業集積グループ 技術コーディネーター 西沢良和 氏
ウェルネス・フーズ産業支援センター 事業化コーディネーター 山下里恵 氏
http://www.ric-shizuoka.or.jp