2025年10月19日(日) 基礎力養成コース 第7回メインレクチャー、サブレクチャーを行いました。

 2025年10月19日(日)、第7回としてメインレクチャー、サブレクチャーを対面形式で行いました。

 メインレクチャーでは、静岡大学グローバル共創科学部の平井浩文先生が「キノコが地球を救う!-バイオファイナリーとバイオレメディエーション-」というタイトルの講義を担当しました。

メインレクチャー講師の平井先生

 自然界における木材は、シロアリやカミキリムシのような食材性昆虫、アオカビなどの子のう菌、一般的なキノコなどの担子菌が分解者となります。これらの生物はいずれもセルロースを分解することができます。また担子菌の中には褐色腐朽菌と白色腐朽菌があり、石炭紀(約3.59億年前から約2.99億年前)以前から生息していた褐色腐朽菌は、木材中のリグニンが分解できず、リグニンが地中に残るために石炭層が形成されました。一方で、ヘルム紀(約2.99億年前から約2.52億年前)以降地球上に出現したのが、私たちとって馴染みの深いシイタケなど白色腐朽菌の仲間です。白色腐朽菌はリグニンを分解することができるため、ヘルム紀以降は石炭層が形成されなくなりました。

キノコが生えている木材の内部。リグニンが分解できる白色腐朽菌が生えているところは白い。リグンンが分解できない褐色腐朽菌では、茶色くなる。

 さて、現在の地球における世界的な問題の一つが、地球温暖化に伴う気候変動です。この主な原因が、産業革命以降に起こった二酸化炭素濃度の急速な増加とされています。地球環境に対するこれ以上の影響を回避するため、二酸化炭素排出削減技術を早急に確立しなくてはいけません。その解決策として注目されたのが、植物バイオマス由来のエタノールを生産し、エネルギー資源や工業原料として使う技術です。しかし、このバイオエタノールの原料としたのが、トウモロコシなどの食糧用植物でした。バイオエタノールの生産は、一方で食糧や家畜飼料の価格上昇を招きました。燃料と食糧の間で穀物の獲得競争が起こるこの方法では、急増する世界人口を支えることができません。

 そこで、木材等の非可食性バイオマスを原料とし、バイオ燃料を生産する方法が検討されています。その時に有効なのが、平井先生が研究する白色腐朽菌です。白色腐朽菌は木材を構成するリグニンを分解し、同時にセルロース、ヘミセルロースを分解することでエタノールの原料となる糖を得ることができます。遺伝子工学の手法で新たに作り出した白色腐朽菌を用いれば、木材から一気にエタノールや水素などの燃料を作ることもでき、さらにバイオプラスチック原料の乳酸を得ることも可能です。このように、再生可能資源であるバイオマスを原料にバイオ燃料やプラスチック原料を製造する技術のことを「バイオリファイナリー」と言います。

 他方、20世紀の人類は、自然界に無い様々な化学物質を産み出してきました。その多くを利用して、私たちは経済と生活を豊かにし、病気の恐怖から逃れることができました。しかし、新たな物質や膨大な量の人工化学物質が放出されたことで、自然界の自浄作用では対応しきれない「負の遺産」が環境中に蓄積し、「環境汚染」という状態を作り出しました。そのような中で、白色腐朽菌が、リグニンと同じような分子構造を持つ難分解性環境汚染物質を分解することが報告されました。その後、殺虫剤や環境ホルモンと言われる化学物質を分解する研究成果が相次いで報告されました。このように、生物機能を利用する環境修復の技術を「バイオレメディエーション」と言います。この「バイオレメディエーション」と言われる技術は安価で自然環境との親和性も高いという利点がある反面、分解できる対象が限定されたり制御が難しかったりする欠点もあります。平井研究室では、白色腐朽菌に対する遺伝子操作をすることで目的に応じた分解活性を持つ酵素の産出を高めるなどの手法で、この課題を解決し地球環境の浄化に貢献しようと研究が続けられています。

 講義後、受講生たちから次のような質問が寄せられました。「地球環境の現状に対して、バイオリファイナリーの技術はどの程度有効か。」「研究成果を社会実装するまでどの程度かかるのか。」これらの質問に対し、平井先生の答えは次のようなものでした。「大学で行われているのは研究室レベルだが、これをパイロットスケールに引き上げていくためには、コストがどの程度のものになるかを検討しなければならない。」「日本社会が脱炭素に真剣に向き合い、その技術やプラントにお金をかけていく覚悟を持たなければならない。」研究室での成果を、社会実装するためにどうしたら良いかを考えることも、大学で学ぶ意義であることが分かりました。

講義に聞き入る受講生たち。


講義後、受講生からの質問も活発に行われた。

 サブレクチャーは、谷俊雄先生による「科学コミュニケーションへの招待 ―科学者と社会をつなぐスキル-」です。科学コミュニケーションのスキルは、サイエンスショーなど科学の不思議や原理を市民にわかりやすく紹介する技能と思われがちですが、危機回避や課題の解決に科学技術を導入する際、科学者・技術者の見解は市民に大きな影響を与えます。本サブレクチャーでは、将来科学者や技術者になったFSS受講生が社会と向き合うことを想定し、持つべき考え方や姿勢について演習と講義で学びました。

 演習ではクロスロードゲームを行いました。狙いは、科学的証拠が不十分な時、ある社会問題の解に関わる人は、何を判断の根拠にして判断するかについての考察です。

 模擬事例1: 欧州のある国で食肉用の牛に謎の感染症が発生数年経っても感染経路は解明できていなかった。人にも牛と似たような病気が確認されたが、牛肉が感染源という証拠は不十分とされた。食肉牛の安全性について専門家が審議し、安全宣言を行なった。我が国の牛肉の大半は輸入肉に依存していた。このような条件のもと、「あなたは厚生労働省健康生活衛生局の行政官です。外国産牛肉の輸入を『問題なし』として上申するか否か」が問いです。科学的証拠が不十分な時、ある社会問題の解に関わる行政官は、何を判断の根拠にして判断するかについて受講生が一人一人考えました。

 模擬事例2: 漁業と観光を主とした産業とするある島に、津波による被害防止のための防潮堤の建設計画が発表された。しかし、防潮堤建設は美観を損なうため観光客の減少が予想されます。ここでは、「この島の住民であるあなたは、防潮堤建設計画に賛成か否か」が問われました。計画で示された防潮堤で津波被害を防止できるのかという不確実性に加え、観光業への打撃による経済性や先祖代々慣れ親しんだ景観の喪失などの価値判断が大きなウエイトを占めることを学びました。

クロスロードゲームを通して、意見交換が行われる。


谷先生によるファシリテーション

 講義では、専門家と非専門家の考えの相違点について解説されました。自然科学の専門家である科学者は、ある課題について実証的に追究し結論を導きます。その結論そのものが科学者のゴールです。一方、その結論は時として、非専門家である一般の市民に大きな影響を与えます。一般市民にとっては、その結論がもたらす価値こそに意味があると考えます。この相違点を押さえておくことが、FSS受講生は、将来自分が科学者・技術者になった時、非専門家とコミュニケーションをとる場合に重要であることを学びました。

科学者と市民が協働して行われる課題解決のしくみ