2022年12月11日(日)基礎力養成コース第8回メインレクチャー、サブレクチャーを行いました。
第8回のメインレクチャー、サブレクチャーは、2022年12月11日(日)に、静岡大学工学部、情報学部がある浜松キャンパスを会場にして、対面とリモートを組み合わせたハイブリッドの形式で行いました。
インレクチャーは、工学部電子物質科学科の下村勝先生が「ナノの世界でものづくり」というタイトルの講義を担当しました。
下村先生は、固体表面の微細な構造を原子レベルで制御することにより、特殊な性質を持った材料を開発しています。このような研究分野をナノテクノロジー (nanotechnology) といいます。固体は、小さな塊になるほど周囲の気体や液体に接する原子数が増え、材料表面の構造や電子状態を反映した新たな性質を持つ材料になります。
そのようなナノテクノロジーを用いた材料開発には、自律的に秩序を持つ構造を作り出す自己組織化という現象を応用します。一般的に自然界で起こる現象は、より乱雑な、エントロピーが増大する方向に変化しようとします。しかし、物質の化学的な相互作用があることで、分子が規則正しく並んで結晶を作ったり、生物の細胞や組織を作ったりと、エントロピーの増大とは逆の現象を引き起こします。これが自己組織化です。例えば、固体表面に金属酸化物が析出するときに界面活性剤を結晶側面に吸着させると、一方向にのみ結晶を伸ばすことができます。物質どうしの化学的性質をうまく組み合わせたこの方法で、針のような構造の半導体で表面が覆われた金属基板をつくり、より優れた光触媒や光電池の製作が可能になります。
今回の講義では、自己組織化という物質の構造や電子状態に迫る基礎研究をもとに、人の生活や産業に役立つ材料開発を進める応用研究ができる工学研究の魅力が理解できました。また、研究室には多くの留学生が在籍し、国際的な研究環境が確立されています。大学の研究活動では、多様性が新しいアイディアを生む源泉となります。このように多様な人間が集まる環境では、自分の意見をきちんと主張することの重要性も認識できました。
講義後の質疑の時間に、ある受講生から「工学研究では、研究を論理的に組み立ててから実験を行うことと、試行錯誤を繰り返すことのどちらの手法をとるのか」という質問が出ました。下村先生からは、どちらも大切で、特にセレンディピティ(偶然の発見)を見逃さないことが良い研究の鍵であると、未来の科学者を目指す高校生たちに伝えられました。
サブレクチャーは「科学コミュニケーションへの招待 -科学者と社会を繋ぐスキル-」として、FSS事務局の谷俊雄先生が講義とワークショップを行いました。
科学に関する情報をやり取りする活動を「科学コミュニケーション」といいますが、その形態は研究発表、理科の授業、博物館展示、TV番組など様々です。まず講義のはじめに、それぞれの科学コミュニケーション活動における情報の送り手と受け手の関係を把握しました。次に、受講生がワークショップを行いながら、科学者と社会を繋げる場面での科学コミュニケーションの役割を考察しました。
普段の生活の中では、科学と関連付けられた様々な表現を見ることができます。例えば、ある商品の広告には科学研究の成果と思われる文言が謳われています。受講生に、この広告の文言で商品を購入するかを問うと、賛否両論でした。賛成意見の人たちの中にも、いろいろな理由があります。反対意見の人たちの中でも同様です。この討論では、科学的な表現を一般の人たちがどう捉えるのかを考えてみることができました。科学コミュニケーション活動では、科学技術に関わる話題について、科学者と科学者ではない人たちの間にある捉え方の違いを知ることが大切になります。
現代は科学技術の成果が社会に大きな影響を与える時代です。科学者が専門家ではない人にはたらきかけ、市民の一人一人が科学技術の成果に対する価値観や科学リテラシーを育むことの重要性が増しています。一方で、専門家と専門家ではない人の多様な考え方が混ざり合って生まれたアイディアは、科学技術の成果を社会に実装しようとする段階で研究に反映され、新たな発想をもたらします。この一連の過程で科学コミュニケーションが大きな役割を果たすのです。
FSS受講生にとって、これまでのメインレクチャーやサブレクチャーは、実は科学コミュニケーション活動でした。その活動の中では多くの専門家のはたらきかけがあり、主体的に考えたり表現したりする力を養うことができました。この体験を個人の探究活動の糧としていくことで、将来彼らが科学の発信者として活躍することが期待されます。