文系と理系の狭間

最近、こんな新聞記事を見つけました。
(時をよむ 論説委員室から)文系と理系、おのずと越境(各務滋)」(朝日新聞2026/01/19夕刊第1面)。

この記事を基にして中高生向けのエッセイを書くようChatGPTに依頼したところ、下記のようなものを作ってくれました。

文系と理系のあいだに立ってみよう

「文系か、理系か」。
中学生や高校生になると、こんな二択を迫られる場面が増えてきます。数学が得意だから理系、文章を書くのが好きだから文系。そんなふうに考える人も多いでしょう。でも、文系と理系のあいだには、本当にくっきりした境界線が引けるのでしょうか。

新聞の論説では、「文系と理系は、おのずと越境する時代に入っている」と語られていました。越境とは、国境を越えるように、分野の境目を自然に行き来することです。実は今、学問の世界では、この「行き来」こそが当たり前になりつつあります。

たとえば歴史学を考えてみましょう。歴史は典型的な文系の学問だと思われがちです。しかし最近では、過去の出来事を理解するために、数学や情報科学、ビッグデータ解析が使われています。大量の文章資料をAIに読み込ませ、そこから人間だけでは見つけにくいパターンを探す。歴史学者と情報科学者が協力し、プログラムを書きながら歴史を研究する時代なのです。

逆に、理系の世界でも文系の力が強く求められています。AIやロボットの研究が進む中で、「その技術を人間の幸せのためにどう使うのか」という問いが重要になってきました。これは数式だけでは答えが出ません。倫理学や哲学といった、人文系の考え方が欠かせないのです。実際、IT企業の中には、数学と並んで哲学や倫理学を学んだ人材を求めるところも出てきています。

このように見ていくと、「文系は考える人、理系は計算する人」という分け方は、もはや現実に合っていないことがわかります。どちらの分野でも、「考える力」と「道具としての科学技術」の両方が必要なのです。

では、これから進路を考える皆さんは、どうすればよいのでしょうか。大切なのは、「文系か理系か」というラベルよりも、「自分は何に強い関心を持っているか」を見つめることです。歴史が好きでも、データで裏付けたいと思うかもしれません。科学が好きでも、その成果が社会にどんな意味を持つのか考えたくなるかもしれません。関心を深めていくと、自然と文系と理系の境界を越えていることに気づくはずです。

政府や社会は「理系人材が足りない」と言うことがあります。確かに数学や科学の力は重要です。でも、文系と理系が車の両輪だとしたら、片方だけを強くしても、うまく前には進めません。一方を細らせれば、もう一方も弱ってしまうでしょう。

文系と理系の狭間は、実は「どちらでもない不安な場所」ではありません。そこは、新しい発想が生まれやすい場所であり、未来への入り口でもあります。もし迷ったら、あえてその狭間に立ってみてください。境界に立つことで、世界は今までよりも少し立体的に、面白く見えてくるはずです。

朝日新聞の論説記事や上記の文章(朝日新聞の論説記事を基にしてChatGPTが作った文章)を読んで、どう感じましたか?
・「なるほど、そうか!!」(肯定・納得)
・「いや、そんなことはないだろう!!」(否定・反論)
・「何これ、どういうこと??」(困惑・無理解)
・「ふーん、だから何?」(無関心・重要性の否定)

感想は人それぞれですが、
26/01/25(日)研究力養成コース第1回講座の「キャリア・キャリアパスの考え方」とも絡めて、下記のようなサイトも眺めつつ、自分のキャリアパスを考えてみてください。