探究学習って!?(JST事業大学関係者向け)

【探究学習って!?(JST事業大学関係者向けChatGPTエッセイ)

最近見つけた「探究学習」に関する雑誌記事(参考1-5)を基にして『中高生向けのエッセイ』『中高教員向けのエッセイ』『JST次世代人材育成事業に関わる大学関係者向けのエッセイ』を書くようChatGPTに依頼したところ、下記のようなものを作ってくれました。

みっつめ。
JST次世代人材育成事業に関わる大学関係者向けのエッセイ』

(5本の記事内容を踏まえ、JST次世代人材育成事業(次世代科学技術チャレンジプログラム等)に関わる大学教員・研究者・URA・高大連携担当者を主な読者として想定したエッセイです。論点は「大学側がどこまで関わるべきか」「中高探究と研究をどう接続すべきか」「疲弊を生まない制度設計とは何か」に置いてまとめています。)とのこと

「JST事業-大学関係者」の当事者気分になって、読み・考えてみてください。

JST事業-大学関係者向けのエッセイ by ChatGPT

中高探究と大学はどう向き合うべきか

――JST次世代人材育成事業に関わる大学関係者のために――

近年、中学・高校で必修化された「探究学習」をめぐり、大学教員や研究者の間で戸惑いや疲弊の声が広がっている。
「探究活動で〇〇について調べています」
「研究のやり方を教えてください」
といった問い合わせが突然届き、対応すべきか、断るべきか迷った経験を持つ大学関係者は少なくないだろう。

こうした状況は一部で「探究公害」とまで呼ばれ、探究学習そのものへの懐疑を生んでいる。しかし本当に問題なのは、探究学習そのものではなく、中等教育と高等教育の役割分担が曖昧なまま接続が進んでいることにある。

本稿では、JST次世代人材育成事業に関わる大学関係者の立場から、探究学習と大学の関わり方を再整理し、持続可能で教育的価値の高い連携のあり方を考えたい。

なぜ大学に問い合わせが集中するのか

背景には、二つの大きな制度的変化がある。

第一に、高校学習指導要領において「総合的な探究の時間」が必修となり、「探究」が教育課程の中心的キーワードとなったこと。
第二に、大学入試改革により、総合型選抜・学校推薦型選抜が拡大し、探究活動が評価対象として意識されるようになったことである。

この結果、生徒・教員の間に
「探究=大学や研究者とつながるもの」
「研究者と関わった実績があると有利」
という認識が広がった。

その帰結として、本来は高校内で完結し得る探究活動においても、大学教員への直接的なコンタクトが増加し、大学側の負担が急増している。

「探究」と「研究」の決定的な違い

多くの混乱の根底には、「探究」と「研究」の概念混同がある。

大学における研究は、新規性・再現性・専門性を前提とし、厳密な方法論と倫理を伴う知的生産活動である。一方、中高段階の探究学習は、研究の簡易版ではない

探究学習の本質は、
・問いを立てる
・情報を取捨選択する
・仮説的に考える
・自分なりに意味づける
という思考様式の獲得にある。

したがって、多くの探究活動においては、研究者へのヒアリングは必須でも有効でもない。むしろ「研究者に聞くこと」自体が目的化すると、探究は形骸化し、大学側は無償労働の提供者として消費されてしまう。

大学教員が疲弊する構造

大学教員の疲弊は、個々の善意や対応力の問題ではなく、構造的に生じている。
・中高側には「外部連携が望ましい」とする制度的要請がある
・大学側には、高校生対応を業務として明確に位置づける仕組みが乏しい
・入試との関係で、特定の生徒への個別支援が公平性の問題を孕む

この三点が重なり、「断りにくいが、応じ続けられない」という状況が生まれている。

JST事業に関わる大学関係者にとって重要なのは、個別対応を美徳としないことである。むしろ、関わり方のルールを制度として明確化することが、大学・中高双方を守る。

JST次世代人材育成事業の特異性と責任

科学技術振興機構が実施する次世代人材育成事業は、通常の中高探究とは異なる位置づけを持つ。
・研究志向・高い意欲を持つ生徒を選抜している
・大学・研究機関との連携が制度的に前提とされている
・メンターや指導者の関与がプログラムとして組み込まれている

つまり、JST事業は「例外的に研究への接続を許容・支援する枠組み」である。

だからこそ重要なのは、この例外を一般化しないことである。
JST事業で可能な関与の深さを、通常の探究学習にまで拡張すれば、大学側は確実に破綻する。

大学が果たすべき役割の再定義

JST事業に関わる大学関係者が担うべき役割は、「高校生の研究指導者」ではない。

むしろ、
・研究とは何かを言語化する存在
・探究と研究の違いを示す存在
・研究倫理・問いの立て方を伝える存在
としての役割が中心となるべきである。

具体的には、
「その問いは研究としてはこう位置づけられる」
「それは探究としては十分に価値がある」
「今はここまででよい」
と線を引くことが、最も重要な教育的支援となる。

「直接指導」よりも「設計された接点」を

疲弊を防ぎ、教育効果を高めるためには、個別メール対応ではなく、設計された接点が必要である。
・公開講座
・研究室訪問(受け入れ人数・内容を限定)
・事前課題を課した上での質疑
・大学院生・URAを介したメンタリング

こうした枠組みを通じて知的資源を提供することで、大学側の負担を可視化・管理可能にしつつ、公平性も担保できる。

中高探究の「成功」をどう評価するか

大学関係者が中高探究を見る際、注意すべき点がある。それは、「成果が研究的かどうか」で評価しないことである。

中高探究の成功とは、
・問いが自分の言葉で語れる
・制約条件を理解している
・できなかった理由を説明できる
といったメタ認知的成長にある。

JST事業であっても、この視点を失えば、早期研究化・早期選別による弊害が生じかねない。

おわりに――大学が「ブレーキ役」を引き受ける意義

探究学習をめぐる混乱期において、大学関係者、とりわけJST次世代人材育成事業に関わる人材には、特別な役割が期待されている。

それは、探究を過剰に煽るアクセル役ではなく、
適切な距離を示すブレーキ役を引き受けることである。

探究と研究の違いを明確にし、
関わるべき場面と引くべき線を示し、
制度として持続可能な接続モデルを提示する。

それこそが、大学が中高探究に関わる最大の意義であり、次世代人材育成事業の価値を長期的に守る道ではないだろうか。

<参考>


  1. https://toyokeizai.net/articles/-/852225
    探究学習の最難関?失敗しがちな「テーマ設定」、博士号教員が語る攻略の極意 ヒントは対話や教科書に、「無理しない」も大切
    (遠藤 金吾 : 秋田県立秋田高等学校 教諭 2025/01/19 4:00)
  2. https://toyokeizai.net/articles/-/930495
    波紋を呼ぶ「探究学習の《大学教員に協力依頼》」、「学習指導要領・解説」に記載の”外部との連携”は必要か?博士号を持つ高校教員が今思うこと
    (遠藤 金吾 : 秋田県立秋田高等学校 教諭 2026/02/01 6:00)
  3. https://toyokeizai.net/articles/-/927742
    中高の探究学習で「大学の先生たち」が疲れている…なぜ?誰が悪い?”生徒、中高教員、大学の教員・研究者”の生の声に見る課題の本質
    (藤原さと : 一般社団法人こたえのない学校代表理事 2026/01/14 6:00)
  4. https://toyokeizai.net/articles/-/927742
    「なんちゃって探究」「やらされ探究」…”非本質的な探究学習”で大学の先生たちが悲鳴を上げている《大学、行政、中学・高校が協力して解決を》
    (藤原 さと : 一般社団法人こたえのない学校代表理事 2026年01月14日)
  5. https://toyokeizai.net/articles/-/930641
    「探究公害」という言葉がSNSで拡散される…高校生の探究学習が迷惑をかけているのはなぜ?協力依頼に戸惑う専門家や自治体も
    (杉浦 由美子 : ノンフィクションライター 2026/01/29 6:00)